Golden_Falcon’s Magia

現代魔術の実践の試み

オブリビオンの淵と師匠の必死

溺れることを諦めて沼に沈むとき私はむしろ恍惚としていた

そして暗闇にハチドリのビジョンを見た

もう手も顔も沈むというとき、小舟がやって来て、その櫂を使い、

櫂の持ち手を差し出してこれを掴めと言う者があった

師匠だった

櫂を掴むが、泥で滑る

引っ張られると腕と首まで水面に出た

はい上がれるかと尋ねられたが到底無理だった

師匠は私の物神のネックレスを再び使おうとしたが泥で滑るし無理だった

それを何処か踏まない場所に置いてから、少し思案した

舟の中に舫い用の縄があった

舟の端に両手で掴まっていると師匠は舫い縄を私の胴体に巻きつけて結んだ

底なし沼はもがくと沈む

師匠は縄を掴んで、櫂をこぎ、泥から引き抜こうとした

黄金と金赤の単眼は一部始終を見ているが、何もしてこない

私には自力で舟に這い上がろうとする気力はなかったし

師匠は必死ながらも悲しげだった

弟の病

彼はゲイだ

彼はどうやらアルコール依存症・・・最悪だ

それでも彼は天才的に賢い

彼は自分の依存症に全く無自覚

ああ最悪だ

自分の問題、弟の問題、抱えている患者さん達

もう何もかもごちゃごちゃだ

自分が死ぬかと思うほどの不安発作起こしても、師匠に会うのは1ヶ月先、出張と学会があるから

ああ、コデインを飲んでオブリビオンの淵に沈んでしまえたらどんなに楽だろう

麻薬は色々辛い人の最後の砦なんだ

結局のところ

結局のところ、基本的信頼感や自己肯定感なんて簡単に是正されうるものでもなく
またそれが原因で、自分に属性のあるもの全てが嫌になって全消ししたくなっても
全てを決めるのは自分
極論的には、仕事に嫌悪感があって辞めるとか、忽然と消えるとか
そういうことを他者に止めてもらうなんて無理な話
自己破壊的なことは良くないというのは他者の物差しあって、当事者の物差しではない

エリクシールに相応しい者とはエリクシールを信じられる者であって
それを信じない者が手にすることは許されない
薬を信じなければ使えないなら、もはやそれはプラセボであって薬の体を為さない

弟の家

法科大学院のパンフレットの校正という大学教員の雑用を文句言いながらやっている

サプリメントのボトルが沢山転がっている
お香、日本の香が沢山ある
ブロンによく似た鎮咳剤愛用・・・えぇ?
謎の吸引器・・・
トイレにクレーの絵のジクレープリント!(私のクレー好きは知らない)
本棚を見ると大量の専門書の隅っこに沢山の魔術書
おまけに彼はゲイだ

怖すぎ

泡沫

夢で毎晩師匠に会う
リスパダール?いや、フェノチアジン系抗ヒスタミン剤の濫用をして、
また何やら危ないやら注意されている夢

スイスかな、山がちな森をハイキングしている
美しい自然景観でベルフ何とかという場所だった

けれども次の日には自分自身の基本的信頼感の弱さゆえ、
彼女を信じ通すことに不安を抱き始める
箱庭のエリクシールは「それに相応しい者」に与えられる
私は該当しないようだ

彼女の庇護の中で眠る

師匠は今は肯定的な母親になってくれている
クマの抱き枕は移行対象
眠るときにママベアに師匠を呼んできてとお願いする
すると夢の中に彼女が出てくる
まだあれこれするのは早いとか、もう少し休んでとか、そういうことを言われていても嫌な気はしない
安心感と幸福感があって、それはブロン以上に強い
薬で作った多幸感は副作用や気持ちの悪い夢に悩まされたけれど
誰かの庇護の中で眠ることは、副作用も無い
幸せな夢と深い安心感の中で、沢山の傷を癒やしていく過程なのかな
しばらくこのまま、1番酷い傷に涙が出てくるようになるまで、もう少しこのままで
夢の中で二人で傷を治したい

風景画の夢

師匠と相互スクイグルで絵を描く
何故か気合いが入っていて
4〜5枚の絵がどれもとても壮大な風景画に仕上がる
花畑から空を見上げたり
小麦豆を洗う水路
黄色が印象的な春の花畑
黄色カタバミかなぁ、花言葉が輝く心だった・・・

後で他の人の作品も見ることが出来たが、他の人達も力作ぞろいで
中にはおっぱいを風景画にしてしまったシュールな人もいた
それは、おっぱいが夜景になっていて、芸術性が凄かった

f:id:Golden_Falcon:20180515080251p:image

f:id:Golden_Falcon:20180515080303p:image

眠りと目覚め

解離の治療について、眠りと目覚めと語った人がいる
本当にその通りだなと思う
基本的信頼感の欠陥ゆえに、滅多と人を信用することなどないものの
信頼した人には齧り付こうとする
だが、誰かを信頼し続けることが困難で、不安と混乱に陥る
その不安を撒き散らして相手を巻き込み混乱させる

まずは誰かを信頼するという葛藤を乗り越えて、見捨てられ不安を乗り越えて、
誰かの庇護に包まれて眠ること
その中で安心感や安全感を取り戻すこと
安全基地の人の庇護の元で十分休んだら
そこから目覚めていくこと
まだ私は目覚めのプロセスは見えてこない
やっと眠りに入れるかというところ

精神崩壊レベルの不安

多忙な土曜日、眠りの日曜日だった
土曜の夜は散々だった
12歳の冬以来かも知れない
まるで私のオピオイド濫用という試し行動のせいで外傷再演をしてしまっているかのような
超絶なあまりに圧倒的な見捨てられ不安の波が押し寄せて
そのまま寝室の窓から飛び降りてしまうのではないかという程のパニックに陥った
もう「今度こそ本気でお終い」感が凄く、不穏で身の置き場もなく悶絶していたら
喘息発作が出た
疲れて帰ってきて、お守りのネックレスもクマの抱き枕もないまま眠ろうとしておかしくなった
筋肉痛関節痛、頭痛、心因性喘息
精神病レベルの不安と不穏とパニック
クマの抱き枕は火との対立概念、水やターコイズの象徴ということのみならず、
縫いぐるみ的な移行対象でもあるようだ

絶望の向かう先

絶望感は行き場を失う
また太腿の筋肉が痛い
火は身体を破壊する

派手に鬱になった人達を見ても
誰も子ども虐待を総ナメにしている人なんて居ない
4歳性犯罪被害・独り暮らしまで心理的虐待・11-12歳身体的虐待・11-12歳体罰・10歳安全基地喪失
4-8歳まで記憶抜け抜け
マジでいい加減にしろや・・・

唯一同情出来る患者さんは身体的虐待・心理的ネグレクトの子
その子は自我が弱くてボロボロ

薬の抱っこ

コデインとクマの抱き枕で眠っていたとき
私がコデインから受け取ったメッセージは
「しんどいのなら、何もかも忘れて眠っておきなさい、痛みも不安も麻酔するから・・・」
これはこれでとても幸せで、コデインの抱っこと言い表せるような、
愛情の代用品と言って差し支えない多幸感だった

これって文字通り、忘却oblivion、そうレテ河の芥子そのもの

本当ならば、トラウマを負ったときに周りの大人達に話して、
その人達の表情とか言葉とかの細かい反応から、自分に何が起こったのかを理解していかなければならなかった
大人達の表す感情とか行動とかを見て理解していくこと
愛着理論でよく指摘されているように、
子供は親の表情の中に自分の感情を見出す
鏡としての親とか情緒的波長合わせというやつ

でも、沈黙を決め込んだ4歳の私が知り得たこと
「茫然自失するような、ただならぬことが起きた」
「何となく、これは親には言うべきでない、親にもただならぬ内容」
「もし親に言って、信じてもらえなかったり、『知らない人について行ったせいだ』と怒られたりしたら、自分は壊れるんじゃないかな」
「ただならぬことを自分だけの秘密にしておくのは、物凄くしんどいなぁ、でも黙っておきたい」

だから、自分に起きたことが犯罪被害なんだということも、
壺の蓋を開けたときに指摘されて、初めて気が付いた・・・

私が情緒や感情の段階に入れないのは、あの事件に対してどういう感情を持てば良いのか、
誰も教えてくれないから、分からない

薬じゃなくて、誰か生身の人間に抱いてもらったときの表情とか雰囲気とか仕草とか、そういうのを見ないと空白になった情緒を理解できない
何もかも4歳で止まってる・・・